生きてるだけで、疲労困憊。

『生きてるだけで、疲労困憊。』rei (著)

書評
執筆責任者:Takuma Kogawa
歴史の授業などで「戦乱の世」という表現を耳にしたことがあるだろう。我々が戦争の少ない平和な時代を知っているため、対比としてこのような強調表現ができる。これと同様に、我々は健康とはどのような状態かを知っているため、それと対比して疾患や障害を定義できる。たとえば知的障害はIQ70未満であることがひとつの判断基準である。これは人口の2.5%に相当し、学校のクラスに一人はいる計算になるため、意外と身近な障害であると感じるのではないだろうか。発達障害はIQの分布のようなわかりやすい指標はない。また、発達障害という疾患が定義されていなかったとしても、自閉症(ASD)や注意欠如・多動性障害(ADHD)の性質を有する人はこの社会に自然に発生していたはずである。それでも、健常人と比較したときに障害を有しているとみなされ、発達障害という疾患が開発されたことで、それまでは「ただの変な人」くらいに収まっていた人が「発達障害者」とラベリングされ、治療や憐れみの対象になる。私は何らかの障害を認定された経験がないため、実際に認定された人がどのような気持ちになっているかは体感としてはわからない。ある程度成長してから認定されたがゆえに、突然健常人から障害者に社会的な扱いが変わってしまうことに耐えられない人もいるだろうし、それまで悩まされていた原因を疾患に押し付けることができ、かえって苦しみから解放される人がいるかもしれない。なんにせよ、自分でラベルははがせないのだから、ラベルがついたままどのように生きていくのかを模索しなければならない。本書は、大学在学中に発達障害と診断された著者が、それまでの学校生活や社会人時代を振り返り、社会で学んだことを淡々と記述したものである。その淡々さは不気味にも思えるが、「発達障害だから助けてくれ」と叫んでも助けてもらえない一人の人間のもがきがそこに表れている。
(791文字)

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