抽象絵画への招待

『抽象絵画への招待』大岡信 (著)

書評
執筆責任者:Yuta
著者は『折々のうた』をはじめとする詩集で有名な詩人なので、非常に読みやすい文章で書かれている。私は、幼い頃から遊園地よりも美術館や画廊に行った回数の方が多い子供だったのだが、正直並んでいる作品を見る目は浅いまま成長してしまった口だ。なので、こうして本書を開いて勉強しようと手に取った。本書では、主に近現代の抽象絵画についてそれぞれの作者の生い立ちと芸術観から交友関係、歴史的背景などをもとに紐解いて説明するという形式を取られていて、多少の一般教養的な知識は必要だが、それらがない自分でもとても読みやすかった。一章では作品の紹介の前に、芸術の意味のパラダイムシフトについての説明がされている。セザンヌやゴッホの絵に多くの人が惹かれるのは、描かれている物や激烈な線、熟した色彩ではなく、彼らの苦悩が私たちを感動させるからであると書いてあったのにはとても納得した。私も作者の苦悩が見える作品は、何故か魅力的に感じることが多い。続く二章三章が本編である。私が、本書に載っている作品の中で最も気に入った画家は、ヴォルスだ。彼の作品の特徴は、画面の中に多様な錯綜した形態がひしめいており、それらの微視的な構造を追っているうちに、いつのまにか長い時間が経っているというところにある。この時間の感触こそが、彼の小さな画面が大きな広さと深さを持っていることを実感させる。彼は写真家として生計を立てていた時期があり、写真家はファインダーという窓を通して、局部的なものに思いがけない大きさを見出しているところに関係があるのではないかという著者の考察がとても面白かったし、何より絵が素晴らしかった。何も知らない頃の自分がみるとどの抽象絵画もただの落書きのようにしか見えなかっただろうが、作者の事情を知るとおのずと違って見えてくるようになるものだ。
(777文字)

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基礎教養部

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