『生きるための経済学 〈選択の自由〉からの脱却』安冨 歩 (著)
書評
執筆責任者:ゆーろっぷ
経済学を学んだことのある人なら、一度は何か騙されたような感覚を抱くのではないか。かく言う私も、ミクロ経済学理論の初学者であった時、「本当にこんなことが成り立つのか」という疑問を抱いた。だが多くの人は、経済学は役に立つ、現実の理論であるという通説を受け入れ、この違和感に蓋をしているだろう。しかし、その感覚は果たして無視すべきものなのだろうか。経済学者である本書の著者は、市場経済論に対するこうした違和感が「物理学の諸原理に反した非現実的仮定」に由来していると主張する。そして、そのような非科学的理論が広く受け入れられている背景に「選択の自由」への渇望があることを、フロムやポラニーといった思想家を参照しながら議論する。ここで問題となる「選択の自由」概念は、近代的価値観に基づけば一見妥当であるが、実際にはこれは人間の実存にそぐわない不条理な命題であり、人間を自己欺瞞に陥れ、終わりのない不安と他者比較、虚栄の衝動に縛り付けてしまうという。この議論を踏まえた上で著者は、偽りの自由の呪縛を離れ、人間の本質に基づく自由──積極的自由──の可能性を模索していく。積極的自由とは、究極的には自分自身の感覚を「信じる」ことを志向するものであり、人間のもつ高度な暗黙の機能である「創発」と密接に関わることが示される。そして、この自由を体現する思想として、孔子の『論語』における「分岐なき道」という概念に到達し、真の自由の体現者である「仁者」として生きるとはどういうことかが議論される。本書は「経済学」をその書名に掲げてはいるものの、実際は自己欺瞞や虚栄によって「死」に魅入られた経済活動(自己目的化した労働・競争・蕩尽)から脱却し、生命を肯定する経済学を見出そうとする、まさに「生きる」ための思想である。現代を生きる我々の「生きづらさ」の正体について、しがらみに囚われず見つめ直すためにも、本書の一読を薦めたい。
(800文字)
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