ナチスは「良いこと」もしたのか?

『ナチスは「良いこと」もしたのか?』小野寺 拓也 (著), 田野 大輔 (著)

書評
執筆責任者:Tsubo
ナチス(国民社会主義ドイツ労働者党).言わずと知れた,第二次世界大戦を引き起こし,占領地からの強引な収奪やホロコーストといった形で莫大な質・量の暴力と惨禍を欧州にもたらした集団である.もちろん,ナチスに対する全体としての評価は,ほとんどの人々で共有されているように「この世の悪を体現したような存在」のようなものでほぼ固定されている.しかしながら,個々の政策面に注目すれば,ナチスにも評価できる面もあるのではないか.本書は,ネット上で散見されるそのような言説に対し,歴史学の専門家がその知見を活かし徹底的に否定するという内容になっている.例えば,ナチスが行った「いいこと」として頻繁に挙げられる「世界恐慌からの驚異的な回復」は,国債発行による強引な軍備拡大によるものだったし,結果として財政破綻の危機とそれを回避するための国外進出をもたらした.そもそも「アウトバーン建設プロジェクト」のようにナチス以前のヴァイマール共和国期から実行されていた政策がほとんどだった.また,動物保護に代表される「環境保護政策」も「ユダヤ人問題の最終的解決」の過程にて,ユダヤ人の人々が「動物以下」との烙印を押され絶滅収容所への列車に詰め込まれたことから切り離して議論はできないであろう.つまり,ナチスが行った行為を単に取り出すだけでは,関連する背景や知見を無視する形での評価となってしまい有効な議論ではなくなってしまう,ということである.本書ではそのような,歴史的事象に対する考察をするときによく陥りがちな視野狭窄について,出来うる限り回避し丁寧に議論していく方法も説明されている.私は,本書はむしろナチスを題材としてそのような歴史学における基本的な議論の仕方について解説した本だと考える.
(734文字)

追加記事 -note-

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

ジェイラボ
基礎教養部

コメント

コメントする

目次