悲しい曲の何が悲しいのか

『悲しい曲の何が悲しいのか』源河 亨 (著)

書評
執筆責任者:Naokimen
本書のタイトルは『悲しい曲の何が悲しいのか』であるが、曲の調性、コード進行といった音楽理論の観点から論じられたものではない。本書は「音楽美学」の著作であり、音楽に関して、そもそも良い・美しい・正しいとはどういうことなのか、という根本的な問題について考察されている。美学とは、美的なものに関する経験や判断の問題を扱う哲学の一分野であるが、本書は「心の哲学」を利用して美学にアプローチしている。現在、心に関する問題を扱う心の哲学は、自然科学の成果を利用して伝統的な哲学的問題にアプローチするという「哲学的自然主義」が重要な位置を占めている。そのため、本書も哲学的自然主義の影響のもとに書かれている。特に本書では、知覚と情動に関する哲学・認知科学の研究の成果が利用されている。本書は全10章から構成されているが、前半5章は主に「美的判断の客観主義」について論じられている。「蓼食う虫も好き好き」という諺があるように、ある曲が良いか悪いかの判断は人それぞれの好みの問題だと思う人も多いだろう。しかし、本書では、美的判断には正しいものと誤ったものがあるとする客観主義を擁護する立場がとられている。後半5章は前半の内容を土台にして、より音楽に焦点を合わせた議論が行なわれている。「そもそも音は何か」という問いから始まり、最終的に本書のタイトルでもある「悲しい曲の何が悲しいのか」について考察されている。本書は哲学の著作であるため、難しそうだと思う人もいるかもしれないが、音楽についての知識がなくても分かるような具体例が多く登場し、また、議論の方針やまとめが要所要所に示されているため、大変読みやすい。また、本書は音楽だけでなく絵画や料理といった、人が美的判断を下すおおよその場面に拡張できる可能性を持っており、そのような意味で、本書は音楽に限らず美的なものに興味・関心がある全ての人にお勧めできる。
(793文字)

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