情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記

『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』堀栄三(著)

書評
執筆責任者:Tsubo
「敵を知り,己を知れば百戦危うからず」,いわずと知れた孫子の言葉である.古典とは今日においても有効だから今に伝えられる.直近の例ではロシアのウクライナ侵攻がこの言葉の適用例であろう.少なくとも開戦当時ロシアが「敵を知る」ことはなかったと思われる.そして,おそらく我々に一番身近な適用例は太平洋戦争時における本邦であろう.さて,230万人もの軍属が亡くなったといわれる先の戦争において,果たしてどれだけの数が「戦場で華々しく散っていった」であろうか?総計したら2/3程度が餓死,熱帯病等での戦病死,輸送途中での海没を含めた「戦死者」であると言われている.これはまさしく「敵を知らず」-主敵となるアメリカ軍の性質から,戦場となる熱帯や山岳地帯の状況まで-「己を知らず」-自己の補給能力,装備等の限界-戦争を行ってしまった結果である.この本は第一線で活躍した情報参謀の手記をまとめた本であり,いかに本邦が情報を軽視し230万もの人間を無為に死なせたかが悲しいまでに実感できる本である.まず参謀本部内の米英を担当する部局の内実が実に粗末である.そもそも,他の部局から独立したのが開戦後半年という遅さ.また1944年後半になってようやくアメリカ軍の実力に気づくほど敵に関する情報収集の鈍さも目に余る.これは帝国海軍にも責があるのだがミッドウェーなど重大な戦局の結果や,過大に報告してしまった戦果が誤りであると共有せず現状に即さない判断も行っていた.他にも本邦は国運を賭けた戦争をこんな適当に行っていたのかと絶望してしまう事例は山ほど出てくる.そして,これらの「反省」が今の一般の日本社会に還元されている様子は私の知る限りない.
敵を知るのは相手があることだから難しいとしてもそう近くない過去に本邦がやらかしたことを通じ,「己を知ること」は今からでも出来る.その端緒として本書を薦める次第である.
(793文字)

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