苦役列車

『苦役列車』西村賢太(著)

書評
執筆責任者:YY12
主人公である貫太の父親は彼が幼少の折に性犯罪を犯し、一家は離散。貫太も「性犯罪者の父を持つような自分はどうしたって上手くいかない」と中学を卒業すると同時に家出し、日雇いバイトで生計をたてるような日々を送る。その後のある日、同い年の青年「日下部」と出会い、自分とは対照的な日下部を通して貫太の話が紡がれていく。この作品の魅力は、激しい「自己否定」と「自己肯定」のスパイラルにある。彼はその生い立ちや現状から重たい劣等感を抱えているが、それと同時に他人への非難はやめず可愛い自分への愛を惜しまない。その姿は、先の日下部との関係の中でも示されている。日下部は九州から出てきた同い年の学生で男らしさにどこか純粋さを併せ持ち、貫太のような人間ですら心を許してしまう好青年である。貫太はそんな日下部と徐々に関係を深めていくのだが、ここで貫太のどうしようもない捻じ曲がった性根が邪魔をする。例えば、日下部に彼女が出来た際には、救いようのない劣等感がゆえに、「どうか美人ではなく、ださい女であってくれ」と願う。そして実際に会ったときにパッとしない人だったので安堵と優越感に浸る。しかし、彼女が名門大学の学生で自分とは違う普通の家庭、普通の学校生活を送っている「自分とは異なる人種」であることを知ると今度は翻ってそれが面白くなくなり攻撃的になる。このような瞬間的な身の振るまい方やブレ方が泥臭く人間味があってとても魅力的だ。話には大きな盛り上がりもなく、ただ淡々と貫太と他者のぶつかり合いが描かれ、鬱々とした空間が終始広がっていくのだが、読了後にはある種の清涼感も味わえるので不思議だ。なお、作者の西村氏は今年(2022年)の2月に倒れそのまま亡くなってしまった。現代に生きた特異な作家の作品がもう読めないと思うと心寂しいが「苦役列車」はその中でも間違いなく代表的な一作である。是非手に取ってみて頂きたい。
(794文字)

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