学力格差を克服する

『学力格差を克服する』志水宏吉 (著)

書評
執筆責任者:蜆一郎
1999 年に発行された『分数のできない大学生』や 2000 年の PISA ショックを契機に始まった学力低下論争は、気鋭の教育学者達だけでなく世論までもを大きく巻き込み、ゆとり教育政策から学力向上への方針転換を引き起こした。こうした経緯から言えば必然ともいえるが、その方針が重視し目標とするところは、大学入試に備えた受験学力の養成や、世界との競争を勝ち抜くためのエリート人材育成であった。そうして学校教育に能力主義的・新自由主義的な方針が採用され、戦後以来日本の公教育が作り続けてきた「公平性」「共生」の基盤が崩されようとしている。本書ではそうした状況に対し、非常に具体的でイメージしやすい「学力の樹」モデルという考え方を用いて「学力格差」の前提となる「学力」を定義するところから始め、その実態の正確な把握を踏まえてどう克服していくか、という流れで議論が展開される。ペーパーテストによって表出される枝葉の知識や技能といった「学力の向上」だけではなく、その幹をなす思考力・判断力や、それを支える根となる自己肯定感・向学心までを視野に入れた教育を施す。著者はこの方針を「学力の保障」と呼び、この指導をすべての子どもたちに施すことを最も重視している。そのためには、樹木としての子どもたちを支える環境としての我々大人たちが与える影響も無視できない。大阪の同和地区における教育実践を例に挙げ、学校内における授業だけではなく、教育委員会による働きかけや市民との共同も含めた社会全体で「学力の樹の根っこ」を育むアプローチの重要性を説いている。そして何より、よりよい社会をつくっていこうと志向する人々を育てることが、公教育におけるもっとも重要な目標であると筆者は言う。世の中にあっても弱まりつつある「共生」の理念について今一度考えるにあたり、非常にわかりやすく噛み砕かれた、著者の集大成とも言える 1 冊である。
(799文字)

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